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●● 100本映画 "If I did something artistic, like write or act, would that get me a little more consideration?"引き続き『アメリカ黒人映画傑作選』より。 今回は、ニューヨーク・ブラック・インディ・ムーブメント。こちらはもっと聞きなれないかと思う。アメリカのブラックムービーに関する文献を今回調べたら、名前こそは出るが本作については書かれていないことが多い。唯一ガッツリと書いているのが私の教科書の一つマーク・A・リード著「Redefining Black Film (English Edition)」とマンシア・ディアワラ(またはマンチャ・ジャワラ)編集の「Black American Cinema (AFI Film Readers)」くらい。女性フェミニズム、またはインディペンデント映画の章で語られている。黒人映画の歴史という枠内でも、それほどまでに埋もれてしまっていた。その中での今回の日本公開はまさに奇跡であろう。以前に拙著『ブラックムービー ガイド』を書いた時、スパイク・リー登場から進めてしまったのだけど、今ならば序章でこのNYブラックインディやLAの反逆者たち(LAリベリオン)から書く。スパイク・リーが登場の土壌を作った人たちなので、ここから入るとどうしてスパイクが登場したのか明確だからだ。 ところでNYブラックインディとは何なのか? 今回改めて3作を見ると明らかに本作『Losing Ground / ここではないどこかで (1982)』の作風は一線を画す。使われている音楽や語り口など全く違う。軽快で瑞々しい。本作の監督キャスリーン・コリンズは、以前にウィリアム・グリーブスの『Symbiopsychotaxiplasm: Take One / 日本未公開 (1968)』というドキュメンタリーに裏方として携わっている。キング牧師が暗殺された年に実験的に行われたドキュメンタリー映画で、とても一筋縄ではいかぬ作品である。このグリーブスとマデライン・アンダーソンとジェシー・メイプルとビル・ガンがNYブラックインディの始まりだと思っている。メイプルは大手で裏方をしていたが、グリーブスとアンダーソンはドキュメンタリー映画ばかりを撮っていた。なぜなら大手映画会社とは違う現在はPBSとなった公共団体からの資金影響を得てドキュメンタリーを作っていたからだ。資金を大手に頼らないという点では、LAの反逆者たちと同じ。一方で、俳優・監督・脚本家として活躍をしていたのがビル・ガン。彼は逆に大手映画会社の作品に出演し、そして脚本を書いてきた。しかしワーナーブラザーズで制作した『Stop! / 日本未公開 (1970)』という作品が過激ゆえにお蔵入りしてしまう。それでもめげずに『Ganja & Hess / ガンジャ&ヘス (1973)』をインディペンデントで発表。ビル・ガンだけでなく本作にも出演しているデュアン・ジョーンズも出演し、一部はニューヨークのナイアックにて撮影(本作も)。ビル・ガンはこの地域に住んでおり、本作の監督コリンズとご近所さんだったという。しかし当時のブラックスプロイテーションの人気ゆえに勝手に編集され、そしてタイトルも変えられてドライブインなどで上映されてしまった。失意の中、ビル・ガンは長い間映画から離れ舞台に移った。そんな2つの流れを汲んだのがキャスリーン・コリンズなのである。大手に頼らない自分の映画を作るというグリーブスやアンダーソン、そしてビル・ガンの耽美で甘美な美しさを受け継いだのがコリンズ。 サラ(セレット・スコット)は大学で教壇に立つ教授であった。夫ヴィクター(ビル・ガン)は画家で絵が売れたので、夏の避暑地にアトリエをと考えていた。しかし街中にある大学や図書館に通うサラにとっては不都合なことが多いが、夫はそれについて無関心で絵にそして避暑地で出会ったプエルトリコの女性に夢中になっていた。そんな中、サラは知り合いの映画科の学生から映画に出て欲しいと頼まれるが... 歴史的な瞬間だ。黒人女性が「教授」というプロフェッショナルな仕事を持つ、しかもサラは主人公だ。かつてずっとそうであったようにメイドのような仕事をしていないし、恋人や家族の仇をとる女性でもないし、劇中のセリフでもでてくるがムラトー(混血)でもない。お母さん役が弁護士だった『The Cosby Show / コスビー・ショー (1984-1992)』では、番組の人気ゆえにクレア・ハクスタブル現象と呼ばれる黒人女性の専門職進出に貢献したが、その前のこと。スパイク・リーの『She's Gotta Have It / シーズ・ガッタ・ハヴ・イット (1986)』主人公ノラ・ダーリングに繋がっていく。本作の監督コリンズも大学で教壇に立っていたので経験があるので、サラのプロフェッショナルとしての姿勢や行動がとても自然だ。登場する学生映画監督はスパイクを彷彿させるし、何より本作には『Hangin' with the Homeboys / N.Y.キッズ・グラフィティ (1991)』のジョセフ・B・ヴァスケスが参加している。 主人公が最初にスクリーンに登場してきた時には、もっさいメガネにボサっとした髪形に味気のないスーツであった。どちらというとイケてない部類である。が、どんどんと色味が増していき、終盤のポスターにもなっているピンクとパープルのサマードレスやエンドでのピンクのレオタードに大胆なスリットが入ったパープルのスカートなどは実に鮮やかだ。どんどん変化していっている。 内向的だった彼女が劇中で挑むミュージカルが『フランキーとジョニー』。アメリカの有名な曲である。浮気された女性が男性を殺してしまうが無罪になるという実際の出来事から作られた曲。その中でサラは浮気された女性フランキーを演じる。そしてサラ自身もふらふらしている夫と向き合っていかないといけない。葛藤しながらも徐々に解放されていっているのがサラの表情や行動で分かる。作家トニ・ケイド・バンバーラは本作評で「コリンズは解放の象徴だった。黒人女性が映画で声をあげ、コミュニティのメンタルヘルスにとって良い兆しを見せている。これからは、黒人観客と世界中の観客を隔てる弊害を打ち破ることが課題」と話している。 そう、ようやく今回打ち破かれたのである。日本初上陸はそれを意味している。国・人種・ジェンダーを超え、サラの怒りや悩みはスクリーンを通じて痛いほどに感じる。LAの反逆者たちもそうだが、この同じ時期のNYブラックインディも、大手のしがらみがない自分たちの映画の中で自分たちをさらけ出して「解放」している。 コリンズ監督はこの時代にだいぶ先にいっていた。『コスビー・ショー』や話題となった『The Color Purple / カラーパープル (1985)』よりも先に、そして誰もが共感できるように作られている。やがてそれはスパイク・リーやジョセフ・B・ヴァスケスに引き継がれていった。コリンズのようにインディで映画を作りながらも最終的には大手会社に買い取ってもらうという『Just Another Girl on the I.R.T. / ブルックリン・ストーリー/旅立ちの17才 (1992)』のレスリー・ハリスなどが映画で声をあげ、最初から大手の『I Like It Like That / ブロンクス・ストリート (1994)』のダーネル・マーティンや『Spirit Lost / 日本未公開 (1997)』のニーマ・バーネッテや『Eve's Bayou / プレイヤー/死の祈り (1997)』のカシー・レモンズ等へと、脈々と受け継がれていく。コリンズが託した「解放」という襷は、どんどんと大きく強く繋がっていっていたことを日本の観客は今回ようやく知ることになるのだ。 (1901本目) (Reviewed >> 3/16/25) |
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●● インフォサイト https://www.imdb.com/title/tt0084269/https://en.wikipedia.org/wiki/Losing_Ground_(1982_film) Not available from Allcinema |
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