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●● 熱き思い
もうカッコイイの一言です。
でもそのカッコよさは彼自身が苦労しながらも自分を信じて歩んできた道であって、誰にも真似出来ない。というか、誰も真似出来ない唯一無二の存在。
「スウィート・スウィートバック」の最後といい、息子のマリオが同じ道を歩んで、しかも映画の中で父を演じてしまうなんていう事も全部含めてカッコイイ!
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●● バイオ
まだ世界恐慌の影響の残るシカゴにて生まれたメルヴィン・ヴァン・ピーブルズ。父親が仕立て屋で、10歳になった頃からメルヴィンも学校が無い日は店に出て一緒に働いていたという。高校を卒業したメルヴィンは、ウエスト・ヴァージニア州立大学に入学、その後に大統領等を輩出している名門のオハイオ・ウェスリアン大学に移り学士を取って卒業。すぐに米空軍に入隊。除隊後はメキシコに少しの間移り住んだ。その時に生まれたのが後に俳優や監督として活躍するマリオだった。
その後は航空会社への入社を望んでいたが、職が見つからずに、サンフランシスコのケーブルカーの運転手になる。その時の経験が写真集と記事が載っている「The Big Heart」という書籍に残っている。その頃に写真家と出会った事で映画作りへの夢を描いて、脚本書きや絵を描いていた。友人からの勧めもあって、その頃にショート映画「Sunlight」や「A King」、「A Pick Up for Herrick」といった作品を映画製作技術を自分自身で学んで作り上げている。同じく音楽を学んだ事はなかったが、カズーで映画音楽も自分で作った。
そこでハリウッドに行く決心をして、家族でハリウッドに出向くが、メルヴィンの作品に気に掛ける者はおらず、ハリウッドで紹介された仕事はエレベーター操作者かレストランのウエイター等の仕事で、傷心のメルヴィンは家族でオランダへ向かう。オランダのアムステル大学院にて天文学を勉強。同時にオランダ国立劇場でも勉強を始めた。
フランスにてメルヴィンの映画を見て気に入ったシネマテーク・フランセーズのアンリ・ラングロワが本人にコンタクトを取り、メルヴィンはパリに渡る。しかし最初から映画を撮らせてもらえなかったので、しかたなくストリートパフォーマーとしてカズーを吹いたり、ダンスなどをして小銭を稼いだ。しかしライセンスを取っていなかったので乞食行為として逮捕されてしまう。そしてフランスでは作家になると、自分の小説を自分で監督出来ると知り、フランスのコミック誌の編集者の仕事を得て、小説を書き始めるようになる。1964年から67年までに5冊の小説を執筆。フランス映画センターの監督の為のテストを受けて合格。センターからは映画制作費700万円を得る。自分が執筆した小説の中から「La Permission」を映画化する事にし、1968年に公開される。この映画「The Story of a Three-Day Pass / 日本未公開 (1969)」はフランス映画として、メルヴィンがかつて住んでいたサンフランシスコ映画祭に出展。
「The Story of a Three-Day Pass」で注目を集めたメルヴィンは、ハリウッドの大手映画会社コロンビアから招待を受けて「Watermelon Man / 日本未公開 (1970)」の監督に抜擢される。しかし自分の映画を作れなかったと後悔したメルヴィンは、以前にTV番組で一緒になったビル・コズビー等から出資を得て自主制作で「Sweet Sweetback's Baadasssss Song / スウィート・スウィートバック (1971)」を制作する。過激な描写に映倫は「成人指定」とし、映画上映を制限する形になった事に、メルヴィンは「Rated X By an All-White Jury(白人だけの審査員により成人指定された)」というTシャツを作り反論。メディアはプロモーションに非協力だった。しかしインディペンデンス系ながら口コミで興行的にも大成功を収め、近代の黒人映画の歴史を変えたという金字塔映画となった。この映画をきっかけにブラックスプロイテーションのブームがやってきた事はみな知るところだろう。
映画の主人公とダブらせて、映画を使って自分の意思を表明したメルヴィン自身もカルトヒーローとなった。そこでメルヴィンはブロードウェイに進出する。1971年には「Ain't Supposed to Die a Natural Death」を、1972年には「Don't Play Us Cheap: A Harlem Party」を上演。1973年には舞台「Don't Play Us Cheap / 日本未公開 (1973) 」を映画化している。
80年代に入ると1981年には黒人の名優達が勢ぞろいしたTV映画「The Sophisticated Gents / 日本未公開 (1981) (TV) 」の脚本を任される。また俳優としても参加し、70年代の成功を大きく印象づけた。
またその頃に投資で成功し、その成功を1986年に「Bold Money」という本にして残している。
1989年には息子のマリオが書いた脚本「Identity Crisis / 日本未公開 (1989)」で監督とプロデュースを担当している。マリオとは1993年に「Posse / 黒豹のバラード (1993) 」、1995年には「Panther / パンサー (1995) 」で共演している。特に「パンサー」は様々な雑誌などでも取り上げられて、インタビューにも積極的に答えている。
そして「Baadasssss! / バッドアス! (2004)」では、マリオが父メルヴィンを演じ、あの伝説となった「スウィート・スウィートバック」の制作の裏側を映画化し話題になった。
またメルヴィンは映画で成功する前の1969年からアルバムを発売しており、デビュー作のアルバムはゴスペルの影響を受けたジャズの音楽に合わせたスポークンワーズは、「ラップのパイオニア」とも称される。70年代にはコンスタントに発売していたが、その後20年発売していなかったが、1995年に「Ghetto Gothic」を発表した。
今でもインディペンデンス系メジャー問わずに、自分の作品を発表し続ける芸術家である。
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●● 受賞歴
* Acapulco Black Film Festival
2000 Won Black Film Award Best International Film for: Bellyful 2000 Won Byron E. Lewis Trailblazer Award * Chicago Underground Film Festival 1999 - Jack Smith Lifetime Achievement Award * Daytime Emmy Awards 1987 Won Outstanding Writing in a Children's Special for: "CBS Schoolbreak Special" * Humanitas Prize 1987 Won Children's Live-Action Category for: "CBS Schoolbreak Special" * Los Angeles Pan African Film Festival 2004 - Lifetime Achievement Award |
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●● リンク
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●● インフォサイト
http://www.imdb.com/name/nm0887708/http://en.wikipedia.org/wiki/Melvin_Van_Peebles http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=19434 |
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●● 関連商品
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