●● レビュー
"My skin is black, My arms are long, My hair is woolly, My back is strong"
1946年ノースカロライナ。ピアノを目の前にした女の子は白人の女性に「私の両親も前の席に座ってみてもらいたい」とお願いする。しかし女性は「多くの人が貴方の演奏を聴きに来ているんだから」と宥める。しかし女の子は「そうしてくれないと弾かない」と断固言い放った。その女の子はニーナ・シモン。それから時が経ち、1995年ロサンジェルス。お金の問題でピストルを取り出したニーナ・シモン(ゾーイ・サルダニャ)は、精神病院に入れられた。そこの看護師クリフトン(デビット・オイェロウォ)は、ニーナが退院するときにアシスタントとしてフランスに一緒に来てと誘われ、躊躇するクリフトンだったが...
制作時から、ニーナ・シモン役にゾーイ・サルダニャが決まったことで批判された。そして撮影時の写真がネットで出回り、肌の色や鼻をメーキャップで足されたことで、さらに批判が集中した。シモンの遺族も怒り爆発。映画公開が決まるとさらにその批判は増えていった。と、いう訳で見ないのに文句を言う事は前のTLCの映画で失敗したので止めたので、見てからと思い、見ました!この前のアウトキャストのアンドレ3000がジミ・ヘンドリックスを演じた映画でもそうだったけれど、イギリス制作で公開前から批判を受けた作品って、どうしてそのミュージシャンのその時代を描くの?という謎な時代設定が多い。本当にニーナが好きでニーナが描きたいなら、その時代じゃなくて...と感じてしまうんです。もっと描いて欲しい時代があった。ニーナなら、大学時代に公民運動時代とか楽しくて充実していた時代があった。歌もゾーイ・ソルダニャが歌っていて、思っていたよりも上手いけれど、やっぱりニーナのそれには全く及びませんよ。ニーナ本人の声で聴きたかった。吹き替えで全然結構!ニーナを演じたかったという情熱は伝わってきたけれど、だったらあのメーキャップを断り、役も断る勇気と決断力が欲しかった。
ニーナとマネージャーとなった男との絆。描きやすいのは分かる。でもニーナが描いてほしかったのはこれかといわれると、やっぱり違うんじゃないかなと。
(Reviewed >> 4/23/16:VODにて鑑賞)