|
●● 100本映画 "Just can't find my wayLittle Esther - Lost in a Dream" LAの反逆者たち(LAリベリオン)とは、恐らく最も知られていない映画ムーブメント、そして黒人ムーブメントの一つであろう。アメリカ人でも彼らの作品を観ることは中々難しい。彼らの映画は大手映画会社から制作されることはなかったため全国公開されることはなく、都会の単館や映画祭などの限られた場所でしか観れなかったからだ。大手映画会社で作れば、彼らが望むような自分たちの映画を作れないことを知っていた。その頃映画館で人を集めていた偏見に満ちた映画を作らされるからだ。そして、1910年から70年代まで続いたグレートマイグレーション(黒人が南部から西部・北部都市へと移動)、そして1950年代後半から60年代にかけてのキング牧師が率いた公民権運動からのキング牧師とマルコムXの暗殺を見て、そして肌で感じた世代である黒人の若者たちが60年代後半に映画の都ロサンゼルスにあるUCLAという大学に集まった。そこで彼らは、アメリカだけでなくアフリカやキューバやブラジルの映画作品に触れて知っていく。本作の脚本家であるチャールズ・バーネットは南部ミシシッピ州で生まれ、グレートマイグレーションによってロサンゼルスのワッツにやってきた。監督のビリー・ウッドベリーもテキサス州ダラス生まれ。彼らは大手に頼らず自分たちの映画を作ることで「反逆」してきた。やがてそれはムーブメントとなった。 チャーリー・バンクス(ネイト・ハードマン)は、職業安定所に足しげく通い職を探していたが、中々上手くはいかなかった。家に帰ると3人の子供たちが無邪気に遊んでいるが、十分に養うことができない苛立ちを感じていた。夫チャーリーに代わって僅かな賃金で家計を担うのが妻のアンダイス(ケイシー・ムーア)。妻は体も心も疲れきっており、苛立ちを隠しもしない。ワッツで生活する5人の生活が続いていく。 まるで脚本家チャールズ・バーネットの『Killer of Sheep / キラー・オブ・シープ (1977)』の続編のようだ。時は70年代から80年代に代わり、レーガノミクスにより黒人の就職率が急激に下がった頃。なのでレーガノミクス以前の『キラー・オブ・シープ』の主人公スタンはあまり人がやりたがらない職ながらも職持ちだったが、今回の主人公チャーリーは職がない。とにかくない。自分ではどうにもできない苛立ちとストレス。もちろんチャーリーにも落ち度はあるだろう。でも仲間たちが盗みでもやろうと話せば、子供たちと会いたいのでやらないという気持ちはある。だから少しのお金が入ると子供たちにアイスを買って誇らしげになってしまう。そんなチャーリーではあるが一線を越えてしまう。妻は爆発する。ところで今回引用したのは劇中に使用されるリトル・エスターことエスター・フィリップスの曲の歌詞から「自分の道が見つからない」。妻アンダイスは、探し物をして家を荒らされ苛立ちながら「私が探す」と答える。アンダイスはいつだってそうしてきて、閉塞している。 そして、本作には断固としたロサンゼルスのワッツという存在感がある。名所ワッツタワーが映る訳でないが、何気ない列車の線路や町のタグ(いたずら書き)や家の佇まいがワッツなのである。そして破れかぶれになったチャーリーがたどり着いたのがキャットフィッシュ(なまず)。海に面したロサンゼルスの豊富な海産物ではなく、海産物がない南部で根付いた沼などに生息する淡水魚のなまず。ジムクロウから逃れグレートマイグレーションで夢を持って西部や北部に向かった2世代目が南部回帰し、そして変わらない生活に絶望しているのだ。 我々にはレーガノミクスは関係ないが、些細なことは共感できてしまう。淡々と彼らの生活を見つめているようで、どこか自分の生活を見ている錯覚。しっかりと歴史や運動を見ながらも、小さな喜びとか大きな苦しみを分かってもらっている感覚。だから私はたまらなくLAの反逆者たちが大好きだ。チャールズ・バーネットとビリー・ウッドベリー的ネオレアリズモ。自分たちの映画は本来の自分たちをさらけ出すこと。だからこそ人種違えど分かりあえる。これは色々と経験・研究した彼らこそできた「LAの反逆者たち」というムーブメントなのだ。 (1900本目) (Reviewed >> 3/15/25) |
●● トリビア LAの反逆者達(L.A. Rebellion)の1人、ビリー・ウッドベリーの作品。同じ仲間のチャールズ・バーネットが脚本と撮影技師を担当。 |
|
●● インフォサイト http://www.imdb.com/title/tt0086977/Not available from Wikipedia Not available from Allcinema |
|