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●● 主な映画作品
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●● バイオ
ノースカロライナに生まれ、13歳の時に母がいるニューヨークへ移動。数年後には舞台の『Blackbirds of 1928』にてコーラスラインの1人として、ビル・”ボジャングルス”・ロビンソン等と共演。その舞台を見ていた一人がキング・ヴィダー。ヴィダーは自身の作品『ハレルヤ!』の主演女優に抜擢。
そして16歳の頃にハリウッドに渡る。『ハレルヤ!』の成功で、MGMと5年契約をする。しかしハリウッドでの彼女は派手なパーティに参加していた。マリオン・デイビスの従姉妹でハリウッドでは奔放な女性として知られていたペピ・レデラーとデイビスが留守中に3日も続けてパーティをし、デイビスを怒らせる事もあったという。そしてお金使いも荒く、洋服や宝石、そしてついには麻薬に使い込んでしまった。その後の出演作で良さを発揮できずにいて、ニューヨークに戻ったりもした。30年代に入ると、逃れるようにパリやアイルランドにブタペストの小さなカフェでパフォーミングしていた。
1935年にはポール・ロブソンの相手役として『Sanders of the River / コンゴウ部隊 (1935)』に出演。1949年には話題作『Pinky / ピンキー (1949)』にも出演したが、クレジットされないような映画にも出る事が少なくなかった。
ギリシャのアテネに住んでいた事もあったが、晩年はアメリカに戻ってきている。『ハレルヤ!』のテクニシャンがニューヨークで食事中に髪が乱れた太った女性に給仕され、それがニナ・メエ・マッキニーと分かりショックを受けたという。
1967年に心臓発作にてこの世を去った。54歳だった。
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●● リンク
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●● インフォサイト
http://www.imdb.com/name/nm0571904/http://en.wikipedia.org/wiki/Nina_Mae_McKinney http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=51817 |
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●● 関連商品
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